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2004年03月29日
ダイエットデータ

投稿者 ageclinic : 23:29 | コメント (0)
3ヶ月で15キロやせた方の体験談
私のダイエット体験記
By. Dr.XX
肥満は合併症として糖尿病や心臓病をもたらすとされています。日本人男性の3人に1人が過体重もしくは肥満である(厚生労働省による)という現代においては今後もっとも深刻な健康問題になる可能性があります。私自身も31歳にして身長174cm、体重106kg(体脂肪率25%)と高度の肥満状態で、職場検診にて「糖尿病予備軍だよ!」と言われるようになり今回減量を思い立った次第です。
現在の肥満対策としては、栄養指導などの食事療法および運動療法が推奨されていますが、摂取カロリーの制限が厳しくダイエットを続行できない、無理な運動により膝関節痛が出てしまい歩けなくなった、などの諸事情により効果が出にくいことが多々あります。そのような場合、「肥満になるのは本人の意志の欠如である」という古典的な考え方をもとに減量の効果が現れないのはスタッフ側の責任ではない、としてしまう傾向がみられます。
しかしながら近年の研究において、肥満の原因として遺伝子の働きが注目されるようになってきています。すなわち肥満には個人の遺伝情報が大きく関わっているらしいのです。個人の遺伝情報はその人の体脂肪量を規定しており体脂肪量は摂取カロリーと消費エネルギーのバランスによってきまり、そして食欲やエネルギー消費における個人差も遺伝情報の差に基づくとされています。簡単に言いますと、食欲や毎日のエネルギー消費はヒトそれぞれで、太っている人が一般的なダイエットを行っても効果は出にくい、ということなのです。
今回私自身が減量を試みましたが、その際に糖尿病専門医でダイエットにも詳しい牧田善二先生に相談をいたしました。そこで、体脂肪率を改善しなければ、すなわち脂肪を減らさなければダイエット後のリバウンドをきたしやすいこと、およびエネルギー消費の個人差があるのである程度の摂取カロリー制限は必要、との考えから①水中歩行運動を行う、②摂取カロリーの制限をする、という基本方針で減量を行っていこうということになりました。
運動療法を行う際に注意しなければならないのは運動による障害(膝関節の障害など)を避けねばならないということです。ダイエットを試みて歩けなくなっては意味が無いのです。そのため今回は、水中歩行運動を行うこととし、スイミングスクールのインストラクターの方々に指導をお願いしました。
摂取カロリー制限はダイエットを試みるものにとっての大きな障害となっています。「食べたい」という気持ちは人間にとって一生続く重大な欲求ですので、それを我慢することは非常に困難です。ストレスが溜まり精神的にも肉体的にもバランスが崩れてしまいそのため減量の失敗へつながることが多々あります。かくいう私自身も何度も食欲に負けてダイエットに失敗した経験があります。今回のダイエットに際して私の場合は食欲抑制剤(サノレックス)を併用しました。この薬は日本国内でも承認されており、安全性については問題ありません。
以下に今回の減量の経過を簡単に示します
約3ヶ月間の食欲抑制剤の使用を伴った栄養指導と運動療法の併用により、体重は106kgから85kgへと減少し、体脂肪率も25%から19.0%へと改善しました。また、私は毎年の職場検診にて軽度の肝機能障害(脂肪肝による)を指摘されていましたが、現在、血液生化学検査でも正常になりました。
ちなみに減量前はウエストが約100cmでしたが現在86cmとなり、衣類も3Lしか着れなかったのに2Lで大丈夫になりました。もうすぐ内服中止後2ヵ月になりますが、体重は80kg台の前半を維持できています。
今回は私自身の減量の経過を示させていただきましたが、運動障害も無く、また食欲抑制剤を使うことによりストレスを溜めることなく摂取カロリーの制限を継続でき減量を行えました。
従来のダイエット法で効果が少なかった方、体重がいったんは減るのだがリバウンドを来たしてしまった方、牧田先生を受診してみてはいかがでしょうか。
詳しいレポート(データなど)をお知りになりたい方はこちらをクリックしてください
投稿者 ageclinic : 23:24 | コメント (0)
2004年03月19日
第1話「糖尿病記念日」
手元に一枚の紹介状が残っている。兵庫県西宮市で開業していたM先生のものだ。日付は1999年3月29日。本当は開封しないのが礼儀だが、先生はもう亡くなってしまい、宛先の先生もすでに廃業してしまったので、もう時効だろう。
「主訴:慢性アルコール肝炎、慢性胃炎、糖尿病。 食後3時間のHbA1cは6.3で、尿中糖++、血糖は236mg/dl。御高診並びに御治療を宜しくお願い申し上げます」
思えばこの日が私の「糖尿病記念日」だった。
この日の先生との会話は今でも鮮明だ。先生は漢方医療の専門家で、かれこれ5年ほど通っていた。勤務地が変わった後も、時々の出張では欠かさず足を運んでいた。
先生「あかんなあ。とうとう糖尿病やで。血糖値がこの数字やもの」
私「そんな高いですか? 最近、飯食い過ぎたかなあ」
「そういう問題やあらへん。でもなあ。糖尿病だけは漢方ではどないにもならんねや。基本的には」
「そうですか。でも、そう先生のところへ通っているわけにもいかへんし。ほな紹介状書いてもらえますか」
「ええよ。ほな書いておくわ。それとなあ、ほんまはこの数字やと『教育入院』言うてな。1週間くらい病院に入って、どういう食事をしたらええんか、きっちり教わるのがあるねん。でもなあ。無理やろ、そんな時間取るのは……」
「そらそうですわ。なんぞ他に手はないんですか」
「まあ、食べるもの少し、控えめにすることやな。それとグリミクロン言うて血糖値を下げる薬を出すから、これを毎朝、1錠の半分ずつ呑んでみて。処方できるのは2週分やから、それから後は紹介状の先の先生からもらって。それでまた、様子を見ることにするから」
「ほな、紹介状持って、近くの医者にも行きますが、また連絡します」
特に患者の立場からすると、あれこれと訴えたいことは多いはず。それも「えたい」の知れない病気のことだ。M先生はちょっとしたことでも耳を傾けてくれていた。「上司が張り切っていて気が疲れる」「夫婦仲がよくない」なんていう精神的な話から、もちろん肉体的な話も。一種の「カウンセラー」だったような気がする。カルテも全部、日本語で書いているので、患者もなにをどう理解してくれているのか、百も承知。かかっている内にクセのある字も読み慣れていた。M先生はこの時に至る以前から、糖尿病に至ることを危惧していたのは事実。しきりに血液検査の度に、不適切な領域に入っているデータのあることを知らせてくれていた。しかし、特に生活習慣を変える訳にもいかず、なおざりにしていた患者だった。
さて、この日、急にM医師に「糖尿病」と言われても、自覚症状はなかった。世上、よく言われるのが「疲れやすくなった」「喉が乾く」などなど。でもそんな覚えはない。会社の健康診断でも「太り過ぎ」とは言われても注意を受けたことはなく、正直のところ、一過性のものだろうとタカをくくっていた。ともかく明確な痛いだの、痒いだのという自覚症状がないのだから。
M先生はこの直後、以前から患っていた膀胱癌が悪化、死去してしまった。自分の体のことを相談する相手を失ったことで、しばらく空白の時間が流れていくことになる。糖尿病は「成人病」から「生活習慣病」と変わった呼び名が定着していったように思う。
思い付いて調べて見ると、当時の厚生省がこの呼称の導入を検討しはじめたのが1996年10月21日。正式決定が同年12月19日のことだった。
投稿者 ageclinic : 23:09