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2004年07月25日
第7話 HbA1c
牧田医師の懇切丁寧な説明を受けて、おぼろげながら、病気のことが分かってきた。 しかし、それで満足はできない。 なぜか。 自分の言葉で、自分が納得できないことなど、何も実行できるはずがないからだ。
まず、牧田医師が重視する検査値として挙げた「HbA1c」について調べ始めた。 以前は血糖値、尿検査と騒いでいたはず。 いざ調べようにもひと昔なら、分厚くて難解で、しかも値段の高い医学書をひっくり返さなくてはならなかったろう。 でも今はインターネットがある。 こういう時には実に便利だ。
キーワードにして検索する。 いくつかのホームページに当たってみて、何となく理解できた。 以下、自分の理解の順番を綴っていくと……
1)血液の中の赤血球にあるのがヘモグロビン(酸素を運搬しているって、生物の時間に習いませんでしたか。酸素より一酸化炭素の方が結びつきやすくて、これで中毒が起き、鮮紅色の血液になる、なんて法医学で習いました)。 ヘモグロビンは赤くて鉄を含む「ヘモ」の部分と、タンパク質でできている「グロビン」が結びついたもの。 で、グロビンの部分の種類によってヘモグロビンはHbA、HbA2、HbFに分かれる。
2)赤血球は骨髄で作られ、体内を3カ月前後の間、駆けめぐる。 この間に、赤血球中のヘモグロビンは血液中の糖類やその副産物と結合していく。 この結合した後のヘモグロビンをグリコヘモグロビンと呼ぶ。
3)で、HbAを分析すると、グリコヘモグロビンになったものを分離することができ、これがHbA1と呼ばれる。 主なものはHbA1a、HbA1b、HbA1c。 このうち、HbA1cは「血糖」が結合してできたもの。
4)だから、HbA1cの値を測定すれば、赤血球の中に蓄積している血糖の量をしることができ、その程度で赤血球が血管の中にある期間の平均血糖値を反映することになる。
5)だから、一時、食事を我慢して、血糖値を下げても、いかに不摂生をしているかは医者にはバレる。
かつては血糖値の上がり下がりで一喜一憂していたものだが、今はむしろ、医者がこの数値をなぜ重んじるのか、何となく理屈が分かってきた。 理屈が分かれば、この数値が己の今を知るのに、格好の手がかり、ということも納得できるのではないだろうか。
HbA1cが8で平均血糖値は180、6で120、5で90。 そう簡単に上がり下がりするものではないと納得もできる。 何しろ、赤血球は約3カ月の寿命だ。 当時の食事の後の血糖値を見ると、200は突破していることが大半。 それでは、この検査値が9を超えるのも当たり前のことだ。 逆に言えば、食後に測定したときに、少しでも血糖値が下がっているのにはどうしたらいいのか、手探りしていけばいいことになる。
ここで役に立ったのが、前回登場の血糖値の自己測定器。周囲の糖尿病の諸先輩は、食事のカロリーをしきりに気にしていたし、1単位がどうのこうの、と食事の栄養表を片手に計算していた。 しかし、自分で測定している限り、必ずしもカロリーと血糖値の上がり下がりがダイレクトには相関関係がないことに気付いた。 何を食べたときに跳ね上がるのか、自分の体と相談していくことにした。
ともかく、風邪や下痢になった訳ではない。 医者に言われるままにするばかりではなく、長期戦を構えるのなら、患者もアタマでっかちになっておくことも時に必要、だと思う。
投稿者 ageclinic : 12:00
2004年07月14日
第6話 「自己測定」 テスト

牧田医師が真っ先に勧めてくれたのが「自己測定」だった。
自己測定というと、針で指先を突いて血を絞り出し、検査紙の上に載せて測定する姿が思い浮かぶ。指先というのは、神経が集中している場所だ。そこにだれが好きこのんで針など突き刺すものか。
勝手な想定とは裏腹に、牧田医師が取り出してきたのは、最新式とかいう、腕で測定できる器械だった。「何しろ、アメリカ人は不器用ですからね。こういう器械はすべて自動化されているんですよ」との説明。
確かに、その使用方法の説明を実地で受けてみると、痛くない。いじましくも見える、指先の血を絞り出す測定の姿に比べても背筋を伸ばしている分、形がいいのはいうまでもない。
「ともかく、自分の血糖値をきちんと把握することから始めましょう。きちんと把握すれば、対策も立てやすくなりますから」と牧田医師。内心は少々面倒臭いことをいうものと思いつつも、そこは面従腹背。「ではやって見ます」
一緒に手渡されたのは血糖値の自己測定結果を記録する、カーボン用紙のついた手帳だった。それによると、「朝食前、後、昼食前、後、夕食前、後、就寝前」の5回測定するように指示が出ている。
「一日に5度も針を刺していたのでは、腕が腫れ上がっちゃうし、嫌なこった」とここでまた反抗しつつ、一式を受け取って帰宅した。
測り始めたころの数値を引き写してみよう。166、148、132、161、168という具合。いずれも朝食前の空腹時血糖値、というものだ。
でも指示通りに1日5回も測定はしなかったが、そんなに苦にはならない作業だった。身の回りを見回せば、糖尿病の同病相憐れむ仲間はいる訳で、その人たちに、この測定器を見せると、「これなら負担にならないよ」との声。実際に計測の体験を勧めるとこういう答えが戻ってきた。
もう一つ。手帳にボールペンでいちいち記入するのが億劫になっていたので、そこは表計算ソフトを利用して、記録を残すことにした。これなら、何をその食事で食べたのか、あるいは万歩計を付けているのなら、その日は何歩歩いたのか、酒は飲んだのか、勤務は何だったのか、などなど、自分に合わせた事項を記入することもできる。人間、ラジオ体操の皆勤賞と一緒で、こういう数字を記入することに凝り出すと、測定も結構続くものだ。
この表を作り始めて、何を食べたのかを書くことにしたが、食べた品目をいちいち書くことはしなかった。食べた場所だけを書いた。というのは、人間の中で、「どこで」だけを記憶の手がかりに残しておけば、結構、何をだれと食べたかということは思い出すからだ。必要以上には手間を掛けない。長続きさせるための秘訣でもある。
投稿者 ageclinic : 23:41
第5話「診断」
血液検査の結果はすぐに出た。血糖値は381、HbA1cとやらいう数値は9.9だった。血糖値が高過ぎるのは、素人でもすぐに分かった。だって確か基準値は120だったはず。以前、主治医のM先生が教育入院を勧めてくれたのは、わずか200を超えたころだったはず。数字を聞いた途端に、「食事制限」「眼底出血」「教育入院」などなど、予備知識で仕入れていた単語が脳裏に浮かぶ。「こりゃインシュリンを注射しないと……」など宣告されたら、とも思った。インスリン注射の様子は、やはり先に挙げた「糖尿列島」の中にも出てくる。
内心の動揺とは裏腹に、医師がどんな反応を示してくるかも、患者として大事な観察ポイントだろう。少なくとも僕はそう思っている。想定できるパターンを挙げると……。
1)恫喝+脅迫型
「何でこんなになるまで、医者にかからなかったのですか。大変な検査値ですよ。体に異常はないですか? とにかく正常値がかくかくしかじかで、あなたの場合はこんな数字になっているんですから。大変なのは分かるでしょう。これから指示することをきちんと守ってもらわないと」
2)即断一人合点型
「数値が悪いですねえ。うん、治すにはまず、ご自身が病気について分かってもらわないことには始まりませんから。すぐに入院の手続きを取りましょう。眼底検査は? していない。そう。そっちとかの検査も急いでしないと。この数値ですからね。仕事も何もないですよ。すぐに検査入院しないと」
というのが大半の医師だろう。大変なことが起きているのは言われるまでもなく、当の本人が一番分かっていることだ。大変だと分かっている人間の前で、大変だと言われても手の打ちようもあるまい。
で、牧田医師。「かなり悪いですね。今、体中が砂糖漬けになっているようなものです。脳の働きが鈍っているのはもちろん、神経もかなり麻痺している状態でしょう」と言いつつ、音叉を右手首に押し当てた。「振動を感じなくなったら教えてくださいね」と指示。振動が止まったと思って反応すると「健康な人の80%くらいの感度にまで落ちているでしょうかね。ブドウ糖というのは、人間が生きて行くには欠かせないものですが、それが多過ぎて消化できずに血液の中に流れ出してしまうのが糖尿病です」という具合に説明が始まった。
以下かいつまんでいうと、糖尿病のメカニズムの説明から始まって、具体的にはどういう症状が現れているのか、このままの状態では病態はどう進行していくのか、この検査値は何を表しているのか、などなど、患者に分かるように説明が続いた。約30分くらいだったろうか。
途中で何度も繰り返して出てきた言葉が一つ。「今は悪いですけど、大丈夫。必ず私が治しますから」。新田次郎の「八甲田山死の彷徨」ではないが、医者がまず「見放した」となっては、患者はなすすべがない。無益な脅かしも時によりけり、だと思う。
とりあえず、この日は今後の治療方針。「ともかくまず血糖値を下げましょう。それから一つずつ治療の方向を考えて行きましょう。検査結果が出るのは1週後ですから、そのころに来てください。それと水分をきちんと多めにとってくださいね」。
こう言い添えられて、初診は終わった。
その夜。仕事関係の大先輩から電話。「おい、夜は暇か? ああ、大丈夫。そう。なら柳橋の鰻屋、前川にいるから。飯でも食おう」。前川といえば、池波正太郎の随筆にも出てくる鰻の名店。この機会を逃せばまたいつ行く機会があるかしれたものではない。娑婆も今生の別れにするのもいいかと、誘いに乗って、うざくに鰻巻き、白焼きに蒲焼き、仕上げに鰻重、肝吸いと鰻尽くしをしでかしたのだから、何をかいわんや、だったか。
投稿者 ageclinic : 23:40