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2004年07月14日
第5話「診断」
血液検査の結果はすぐに出た。血糖値は381、HbA1cとやらいう数値は9.9だった。血糖値が高過ぎるのは、素人でもすぐに分かった。だって確か基準値は120だったはず。以前、主治医のM先生が教育入院を勧めてくれたのは、わずか200を超えたころだったはず。数字を聞いた途端に、「食事制限」「眼底出血」「教育入院」などなど、予備知識で仕入れていた単語が脳裏に浮かぶ。「こりゃインシュリンを注射しないと……」など宣告されたら、とも思った。インスリン注射の様子は、やはり先に挙げた「糖尿列島」の中にも出てくる。
内心の動揺とは裏腹に、医師がどんな反応を示してくるかも、患者として大事な観察ポイントだろう。少なくとも僕はそう思っている。想定できるパターンを挙げると……。
1)恫喝+脅迫型
「何でこんなになるまで、医者にかからなかったのですか。大変な検査値ですよ。体に異常はないですか? とにかく正常値がかくかくしかじかで、あなたの場合はこんな数字になっているんですから。大変なのは分かるでしょう。これから指示することをきちんと守ってもらわないと」
2)即断一人合点型
「数値が悪いですねえ。うん、治すにはまず、ご自身が病気について分かってもらわないことには始まりませんから。すぐに入院の手続きを取りましょう。眼底検査は? していない。そう。そっちとかの検査も急いでしないと。この数値ですからね。仕事も何もないですよ。すぐに検査入院しないと」
というのが大半の医師だろう。大変なことが起きているのは言われるまでもなく、当の本人が一番分かっていることだ。大変だと分かっている人間の前で、大変だと言われても手の打ちようもあるまい。
で、牧田医師。「かなり悪いですね。今、体中が砂糖漬けになっているようなものです。脳の働きが鈍っているのはもちろん、神経もかなり麻痺している状態でしょう」と言いつつ、音叉を右手首に押し当てた。「振動を感じなくなったら教えてくださいね」と指示。振動が止まったと思って反応すると「健康な人の80%くらいの感度にまで落ちているでしょうかね。ブドウ糖というのは、人間が生きて行くには欠かせないものですが、それが多過ぎて消化できずに血液の中に流れ出してしまうのが糖尿病です」という具合に説明が始まった。
以下かいつまんでいうと、糖尿病のメカニズムの説明から始まって、具体的にはどういう症状が現れているのか、このままの状態では病態はどう進行していくのか、この検査値は何を表しているのか、などなど、患者に分かるように説明が続いた。約30分くらいだったろうか。
途中で何度も繰り返して出てきた言葉が一つ。「今は悪いですけど、大丈夫。必ず私が治しますから」。新田次郎の「八甲田山死の彷徨」ではないが、医者がまず「見放した」となっては、患者はなすすべがない。無益な脅かしも時によりけり、だと思う。
とりあえず、この日は今後の治療方針。「ともかくまず血糖値を下げましょう。それから一つずつ治療の方向を考えて行きましょう。検査結果が出るのは1週後ですから、そのころに来てください。それと水分をきちんと多めにとってくださいね」。
こう言い添えられて、初診は終わった。
その夜。仕事関係の大先輩から電話。「おい、夜は暇か? ああ、大丈夫。そう。なら柳橋の鰻屋、前川にいるから。飯でも食おう」。前川といえば、池波正太郎の随筆にも出てくる鰻の名店。この機会を逃せばまたいつ行く機会があるかしれたものではない。娑婆も今生の別れにするのもいいかと、誘いに乗って、うざくに鰻巻き、白焼きに蒲焼き、仕上げに鰻重、肝吸いと鰻尽くしをしでかしたのだから、何をかいわんや、だったか。
投稿者 ageclinic : 2004年07月14日 23:40